父の日

「道を走るな。走るのは時間に余裕を持たない愚か者と犯罪者だけだ」

これは父の言葉だ。極端が過ぎる。
この言葉に倣っているというわけではないが私は道を走らない、何故なら疲れるからだ。スキップはする、ゲーム買った帰りとかに。

ただ、考えてみると私は道を走っている人なんて見たことがない。頭を捻ってみても車道をシャーと走る自転車に向かって「待ってくれ!!ミキ!!」と駆けていった男くらいしか出てこない。父は何故そんなことを言いだしたのだろうか。

少し記憶をさかのぼると、確かこの言葉が放たれたのは小学生の時分の横断歩道だったような気がする。つまり慌てて渡ろうとした私に向けての言葉だったのだろう。なるほど、確かに横断歩道を走る奴はろくでもない。革靴の音を下品に立てていく背広の男、車が通らないことを確認して堂々と道路交通法違反する女。やはり教育上良くない行動だ。そういう教育の一環として激しい言葉を使ったというなら納得だ。

ここまで考えてようやく思い出したのだが父は確か小学校入学直前に軽トラに轢かれ、入学式の写真に丸枠での参加となっていた。そう考えるとあんまり深い意味はなく横断歩道を前に走りだそうとする小学生を目の前に出た言葉だっただけかもしれない。私は今日も点滅する青信号を前に走りたくなる気持ちを抑え、切り替わるのを日陰で待っている。


父の教え:の一つに学校は近いのが一番だというものがあった。確かにな、と適当に納得していたが一番というからには何らかの理由があるはずだ。最近問いただしてみたらなんと父の経験が関係していた。一浪して入った大学を、上京したてで借りたマンションが遠かったからという理由でサボりがちだったらしい。ろくでもない経験からきたこの言葉に私は呆れるというより、親の過去や失敗なんて知りたくなかったという軽い失望にかられた。しかし親二の轍を踏まず教訓を得られたというならそれは感謝こそすれど失望すべきことではないのかもしれない。父はその後もっと近いマンションに引っ越したとか。偉い。