食べちゃいたい


ねぇ私の事好き?
食べちゃいたいくらい?

テレビの中で広瀬すずはそう語る。確かに綺麗な人は好きだ、広瀬すずは声も可愛い。しかし″食べちゃいたいくらい″?

食べ物で大切な事は美味しさ、栄養価、見た目、食べやすさだ。つまり食すとなると下味をつけいらない部分を取り除き野菜を添えて口に入るサイズにカットして……

もうやめよう。そう、私はこの言葉が怖すぎるのだ。

 赤子に使うなら分かるのだ。これは私が赤ちゃん旨そう^^と常日頃から考えている事を示すわけではない。赤子に対する表現は多岐にわたり、その中に目の中に入れても痛くないなど怖い表現も含まれているからだ。これは数が多すぎるので怖いものがあっても責められない、しかし大人にも使うのが正しいのか私には分からない。

人を愛する事に怠惰だったからなのか?私は食べたいと思うほど人を好きになった事はない。

一番ある線は魅力的という言葉の比喩で美味しそうが生まれ、そして食べちゃいたいという表現になったというものだろう。しかし魅力的と食べちゃいたいには関連性を見出せないし、比喩の比喩など私にとっては理解のしようもない程かけ離れている。カニバリズムを初めて知った時のような嫌悪感や異常性癖への蔑視が波のように押し寄せ不安定な気持ちにさせられる。

食への敬意が足りないせいでそんな言葉を口にする訳では無いのだろう。何故なら食事への褒め言葉である美味しそうという気持ちがその言葉には含まれている。ならばきっと愛情を表す言葉のボキャブラリーが少ないせいで渋々言わざるを得ない状況に追い込まれるのだろう。言いたくて発していたとしてもそうでなくとも愚かな人間という事に変わりは無いという事になる。彼らには猛省してもらう、それが私の望みだ。


広瀬すず:この日清の宣伝はもうあまり見なくなったが、新たにキリンが飲料水の宣伝で広瀬すずを使っている。こっちは気に入ってる。席を間違えちゃうすずちゃん可愛い^^